ほぼ足りてまだ欲 その先

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新橋演舞場夜の三階

 昨夜は他から戴いた券で演舞場のまた三階から歌舞伎だ。
 演目は宇野信夫作:「沖津浪闇不知火不知火検校(しらぬいけんぎょう)松本幸四郎悪の華相勤め申し候 浜町河岸より横山町の往来まで」
 幸四郎は昼間は河内山宗俊で夜が不知火検校だってんで悪者三昧だ。この芝居は昭和35年初演だってぇから新作でござる。落語でいったら芸術協会系か。なにしろ歌舞伎座公演が派手な奴ばっかり集めて、ワイワイやっている後ろで演舞場はいくら幸四郎とはいえ、太夫が出てきてデンデンもないわけだし、役者も幕開けに出てくる按摩もそうだけれど、総じてそんなによろしくない。幸四郎に思いっきりおんぶした公演だなぁという印象を持ったのだけれど、そのうちにストーリーに引き込まれていく。
 昔は、先日亡くなっちまった勘三郎じゃなくって、その親父の17代目勘三郎がこの役を嫌らしくやっていたのを子ども心にテレビで見た記憶がある。ありゃぁ確かに悪そうだった。
 これを映画界で取り上げたのが大映だったというのも皮肉な話だけれど、中村玉緒勝新太郎が演じて、ここから勝新太郎が「座頭市」に進化していくというのも、興味深い。私は昔大映の映画は妙な感覚を覚えていて、肌に合わないと思って見なかった。だから、この映画も見たことはないけれど、勝新太郎の「富の市」が旗本の奥方を騙して拐かす場面が多分映画ではことさら取り上げられていたに相違ない。昔のポスターをネットで探すと多分その下りだろうと思われるスチールだ。このへんが大映らしいところだと私がいうところだ。
 富の市がまだ子どもの頃、初代不知火検校のところから「手癖が悪い」と断られ、親父にしたたかに叱られる場面で出てくるのが多分幸四郎の孫、染五郎の息子の松本金太郎(8歳)だろうか。
 稀代の悪事がばれ、捕り手に縛られて追い立てられる検校に町人が「人非人!」だとか「人でなし!」と叫ぶがその検校が町人に「お前ら度胸がないから、なんもできねぇ、小汚い爺になって、みすぼらしい婆になって死んでいけ!」と怒鳴る。宇野信夫がいいたかったのはここなんだろう。「はい、小汚い爺はこの私でございますよぉ〜!おめぇみてぇな人でなしなんぞにならなくて、本当に良かったわい!」
 弁当は歌舞伎座の反対にある木挽町・辨松でお弁当だ。日本橋辨松総本店とちょっと違っているんだけれど、冷たくなってもここのご飯は美味しいのだ。
 前半で一階の客席に妙に大きな声で笑い、かけどころじゃないところで声をかける奴がいて気になってはいたのだけれど、最初の膜間に場内にアナウンスが流れた。「みだりにお声をおかけにならぬよう」だっただろうか。すると次の膜からは声が聞こえなくなった。隣のおばさんが「知らないんじゃないのかしら」と私に仰ったので「酔っぱらってんじゃないですか?」と申し上げたら「あ、きっとそうね」と納得なさった。
 三津五郎の代演は橋之助で、踊りの「馬盗人」は好演である。翫雀、巳之助とのコミカルな踊りもはなはだ小気味良い。馬の脚のふたりがうまくできている。前脚の坂東大和には二度ほどであったことがある。向こうはもう覚えていないだろうけれど、友人のところで若い人たちがワンワンと集まって呑んでいた頃のことだからもう3-4年前になるだろうか。とんぼを切って脚を怪我してその養生中だといっていた。それ以来三津五郎が出ている演目でなんどか目にしては気にしていた。国立劇場第十三期。