ほぼ足りてまだ欲 その先

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記憶遺産

 本日、保阪正康のレクチャーで知った話である。ユネスコの記憶遺産というのは初耳だった。日本からは何が登録されているのかと思って、ウィッキペディアをちょいと見ると、2011年に「山本作兵衛による筑豊炭鉱の記録画」が登録されていて、2013年に「慶長遣欧使節関係資料」「御堂関白記」が登録されている。
 なんでも今回日本から2件が推薦されているんだそうで、ひとつは「東寺百合文書」、もう一つは「舞鶴引揚記念館収蔵資料」となっているそうだ。日頃から暇なくせにこういうことには疎い。お寺の文書はさることながら、引揚記念館というものができていて、そこに所蔵されている文書は一度は見なくちゃならんなぁ。舞鶴においでよといわれた時にはちっとも知らなかったけれど、あの時にいっておけば良かった。そういえば、子どもの頃、NHKのラジオ放送には「尋ね人の時間」というものがあって、「昭和何年、何月頃、何とか丸で舞鶴に引き上げてきた何とかさんの連絡を探しています」という伝言を延々と放送していた。そのたびに、あぁ、辛い内地への帰還だったんだろうなぁと思っていた。
 ところでこの2件が推薦される前に候補となっていたのはこれら2点を含めて4点あったのだそうだ。ひとつは「水平社の結党宣言」だが真贋性が明確でないといわれているらしい。もう一つは知覧の特攻兵士たちの遺書。こちらは特別攻撃という軍事上の作戦の結果であって、その仕組み自体が志願だ命令だと未だに議論されている上に、この作戦によって敵にダメージを与える兵器として機能していたという点が問題とされる。
 私たちの国、ニッポンがアジア太平洋戦争の結果、戦後にこの戦争について明確に決着をつけ、その振り返りをきちんと済ませておけばともかく、全くの形式でしかなくて、その実この70年間にひっくり返そうとしてきたのだから、これは国際的に理解されるわけもない。
 確かに潔く、国のためと割り切って(もちろん実際は割り切れなかったに相違ないけれど)、犠牲になった兵諸兄には私たちは感謝する必要がある。しかし、これをこのまま国際的に遺産として認めろとはとても理解されないだろう。
 保阪が湯川秀樹の半生記は素晴らしいから読むべきだと、力説をしていた。日本の著名な科学者はどうしてこんなに文才に溢れた人ばかりなのかと絶賛。
 多分これのことではないか。帰りに紀伊國屋で入手。

旅人 ある物理学者の回想 (角川ソフィア文庫)

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