ほぼ足りてまだ欲 その先

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訛り

f:id:nsw2072:20210316130013j:plain:w360:left 「ふるさとの 訛り懐かし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」
 石川啄木でしたね。初めてこれを聞いたのは中学の時だったか、高校の時だったか。多分学校の授業で聞いたんじゃないか、という気がします。他にチャンスがあるとは思えないから。そうでなければラジオでしょうか。
 学校を卒業するまで横浜で育ちましたけれど、途中3年半、静岡の清水に転校していました。オヤジの仕事の関係です。そして、就職してから5年間また清水で仕事をしていました。だから、私にとって「訛り」というと、清水弁です。イントネーションでは最初の頃悩みました。「心(こころ)」は清水では最初の「こ」にイントネーションがあります。これは横浜で聞いていたのとは全く違います。所々でこういう訛りがあって、「〜するんですけれど」という時にしばしば途中の「ん」が省略されて「〜するですけど」となる。そういう細かいところが訛りに出てきて、テレビを見ていても、その辺を聞き取ってしまい、「あぁ、この人は多分静岡か山梨なんだな」と思います。
 英語でも、米語とは発音の仕方が異なります。英国で英語に接していた私の先輩は、米語の会話を聞くと、とてもだらしのないしゃべり方に思えるんだそうです。確かに英国のしゃべり方の方がカチカチしていて、日本人には聞き取りやすいのではないか、という気がします。Rを巻き舌になってしまうインド英語の訛りは、むしろ日本人には聞きやすいかも知れませんが、それでも初めて接した時は、音が気になって中身が入ってきませんでした。豪州のシドニーではかつて電車のアナウンスはインド系の車掌でしたから(今は録音)、「The doors are closing, watch your steps」というアナウンスが「どぉずくろじんわっちゆあすてっぷす」と聞こえて何のことかわからなかった経験があります。つれあいは「The train will be terminated at the next station」が聞き取れなくて、なんでお客が次の駅で全員降りたのかわからなかったといっていました。「とぅらいんうぃるびたるみねいてっど」と聞こえてしまうからです。
 大学で米国人の教師が大半の中に豪州人の教師がひとりだけ入っていて、彼はオージー・イングリッシュを丸出しで喋っていました。私には慣れた豪語でしたけれど、section mateの間では彼の発音がわかりにくいと不評でした。しかし、後から考えてみると、こうして様々な訛りを持った教師を意図的に採用していたのではないかという気がします。TOEFLの研究をしていた教師がその試験の実験として、受験ボランティアを募ったことがあって、面白いから応募しました。すると、ヒヤリングの試験で、中国訛り、インド訛り、ドイツ訛り、フランス訛り、そして日本訛りのヒヤリングがありました。あとでアンケートを採ってみると、日本訛りの問題が一番聞きにくかったというのです。これは受験生の環境によると思うのですが、滅多に英語を聞くチャンスのない日本人にとっては日本語英語が一番聞きやすいのではないかという気がします。
 就職してすぐに二人のスコットランド人を連れて清水から横浜の工場へ行き、ミーティングに出席したことは忘れられない想い出です。最初、彼等の会話を全く捉えることができなかったのです。この想い出は6年ほど前のNZ旅行に繋がりますが、ダニーデンスコットランド出身者が多いことで有名)で、イベントがあったのですが、全くわからなかったのです。オージーの英語はある程度慣れていたとはいえ、NZのキーウィー・イングリッシュはまたもう一歩踏み込んだ訛りがあります。