ほぼ足りてまだ欲 その先

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好奇心

 どうも、大した考えもなしにここまで生きてきてしまったので、なんちゅう事もいえないのだけれど、好奇心を満たすために学校へ行くということができたらこんなに贅沢なことはないという気がする。
 半世紀ほど昔に高校から大学へ進学したのだけれど、その動機はなんだったかと考えると、そんな動機なんてなにもなかったし、それを意識したことすらなかった。じゃ、なんで進学したのかといったら、進学する学校がどこでも良いんだけれど、企業に就職するためにプラスになる可能性があるということが必ずその尺度にあった。で、その尺度というものは端的に表現したら入学試験の偏差値でしかない。つまり当時私はなにを見ていたかといったらどれほど偏差値の高い学校に入ることができるかどうかということでしかなかった。まぁ、その観点からいったら結局たいしたことにはならなかった。
 しかし、どうしてもじっくり腰を据えて自分の興味が向いている方向について資料をあさることに専念してみたいという気持ちが止みがたくなった。それで某学校に行ってみたら、その好奇心を満たす方法がいくらでもあることがわかったし、学校というものが公刊されている多くの資料を抱えているということがわかった。これはどうにもこうにも遅すぎる。半世紀前の大学だって、それに近かったはずなのだけれど、自分で満たすべき好奇心の存在を自覚することができなかった。いや、そもそもそんなことを展開することができる状況にあるということを理解することができなかった。
 自分がバカだったということでしかないのだけれど、知りたいことを知る、ということを発想することすらできなかったのは情けない。
 大学が小・中・高の延長線上にあるに過ぎないとしか理解できなかったことがそもそもの間違いの元だった。
 長ずるに及んでその考えに気がついたのだが、それが遅すぎることはない、気がついただけ良かったという話になりがちなのだけれど、実は充分に遅すぎる。体力も備わっている状態で好奇心を充分に満たす環境に身を置くということが如何に優れた環境なのかというのは若い時には気がつきかねる。