
高校の授業料無償化が提案されているという話はよくわからない。現在日本の義務教育というのは中学までであって、高校以降は義務化されていない。その状態のまま、無償化が進められるのは法的に違和感がある。それから、公立も私立も関係なしに、そして世帯の所得制限もなしに押し並べて授業料を無償化するとお金持ち世帯も同様にその恩恵を受けるということになる。それは例の「公平と平等」の話になりゃしないか。お金がある人は払って貰えばいいし、当然公立よりも高い私立の授業料をそのまま無償化することのアンバランス感もある。公立が無償化されてもいいかもしれないけれど、だったら公立の学校を増やせよ、とも思う。そうすると私立の学校法人が廃れてしまうということになるのか。授業料無償化よりも全公立化という考えもあるとすると、それは全体主義の布石となってしまう可能性はあるだろう。
地域によって公立と私立の立ち位置が全く異なっているという場合もある。例えば東京都でいうと、かつては都立のレベルが一般的な私立よりも高かった。そして、絶対的に高い私立というのがあって、三重構造になっていた。絶対的にレベルが高いとされていた私立の生徒の世帯はほぼお金持ちだったはずだ。貧乏な世帯から開成とか慶応とかに進学する可能性は限りなく低かったような記憶がある。そしてその次が都立だった。その中でも偏差値が異なるグループが存在して、それは東大合格者数で語られた。二次募集があるような都立はほぼ東大合格者はいなかった。それでもその他の私立よりはレベルは高いと目されていた。
しかし、今高校生にならんとするこどもたちの世代の絶対数はかつてとは比べようもない。そして都立と私立のレベルの違いは大きく変化しているだろう。地方によっては公立と私立の位置関係が全く異なっている可能性も高い。
つまり、押し並べて議論できる問題ではないという感想を持ってしまう。私の理解が全く足りてないから、こんな感想を持つのかもしれないし、実態はとにかく、高校教育の無償化が少子化対策として役に立つのだろうか。
お金持ちにはそれ相応に応能負担してもらうべきなのではないのだろうか。