ほぼ足りてまだ欲 その先

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外国人奴隷労働制度

「特定技能1号」は最長5年の技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格すれば資格を得られる。在留期間は最長5年で、家族の帯同は認めない。

より高度な試験に合格した「特定技能2号」の労働者は配偶者や子どもなど家族を帯同できる。在留期間はまず最長5年を想定。定期的な審査を条件に回数の制限なく更新を認める。10年滞在すれば永住資格の要件の一つは満たすことにもなる。

山下貴司法相は12日の閣議後の記者会見で「活動状況を厳格に審査し、適当と認める相当の理由がなければ更新は許可しない」と説明。永住資格や移民政策とは区別する考えを示した。分野は農業や介護、建設、造船、宿泊など人手不足が深刻な十数業種を検討している。不足が解消されたと判断した分野は新規受け入れを停止・中止する。

法務省入国管理局を改組し、受け入れや在留管理を一元的に担う「出入国在留管理庁」(仮称)を設けるための法務省設置法改正案の骨子も提示した。在留管理を徹底し、新たな資格が不法就労などにつながらないようにする。(2018/10/12 10:39日本経済新聞 電子版)

f:id:nsw2072:20181013043142j:plain まず最初に明らかにしておかなくてはならないことは、外国人研修・実習制度がこれまでいかなる方法で外国人奴隷労働制度になっていったかについてだろう。かつてこの制度は本当に外国人、主にアジア地域の人たちに日本の先進技術を会得して貰って母国に資する技術労働者に育って貰うという趣旨で作られた。ただ、問題はこの制度の所管を五省の相乗りにしてしまったので、全く責任の所在がはっきりしなくなってしまったというところにあった。発想の原点はOECFの国際協力にあったといっても良かったかも知れない。当時のこの制度は非常に良く機能して、日本は各国に技術力を育成するきっかけを作ってかなり国際的な信頼を取り戻しつつあった。
 研修・実習制度を非常に狭い適用範囲に制限していたうちはその期間も短くて、意味があったが、そのうちに、この低賃金〔本来は賃金ではなかった〕が美味しく、それ故に成り立つ産業に気がついて、どんどん期間が延長され、なおかつ適用範囲をズルズルと拡げてきた。それと同時にトラブルはどんどん増えていった。
 ほぼ格安労働力として定着させるとして正に奴隷化されていった。パスポートを取り上げて〔預かるといって〕逃げられないようにし、ほんのわずかな超過労働手当で労働時間を延長し、そこからトラブルが増え、終いには殺人事件まで起きるようになった。逃亡する研修・実習生も増えた。何しろ彼らはこの資格で出稼ぎに来るためにブローカーに支払う借金を背負ってくるからその返済すら見込み薄い現状に絶望する。不法滞在に踏み切らざるを得ない状況に追い込まれる場合が少なくない。
 つまり、この制度はこれまで表面的な方針からは遠い現状のまま推移してきた歴史があるから、ここでこうした方針を示されると、あぁ、どうせまた根本的な解決ではなくて、欺瞞に充ち満ちた法律の便宜的使い回しで奴隷化を促進する結果に終わるんだろうと考えざるを得ない。
 簡単に「最長5年の技能実習」というがこれは明らかに「低賃金労働」の強制でしかない。なにしろ「実習」なのであって「労働」ではないのだから。
 日本語能力試験というがどの程度の試験にするつもりなのかによっては全く現実的ではなくなる。介護の現場に期間限定、受験回数限定できている外国からの労働者予備軍の日本語試験の合格率は非常に低い。加えて、日本語という言語は他で使い回しができない。英語だったら、カナダ、米国、豪州、英国その他で役に立つが、日本語は市民権が得られる可能性が全くない日本でしか通用しないからだ。ヒヤリング、スピーキングはどうにかこうにか順応できたとしても、ライティング、リーディングは限りなく難しい。ましてや「特定技能2号」に至っては至難の業であって、こう規定したところで全く現実的ではない。「10年滞在すれば永住資格の要件の一つは満たす」という程度に過ぎない。ましてや市民権なぞ知らん顔だ。
 しかも、この人出不足が解消したら〔するとはとても思えないけれど〕チャラにするといっている。そんな先行き不安な労働市場はどう考えても「奴隷労働」でしかない。
 安い労働力を外から安直に導入する、という方針は、対外的に、日本を嫌いになる人達を増やすけれど、好きになる人達を増やすとは思えない。
 人手不足を多くの職種で解決する第一歩は労働賃金の改定、つまり人件費を向上させるしかない。そうすれば、物価も当然上昇して、日銀のあほタレがいっているデフレ脱却なんてあっという間に解消する。物価は高くなるが、賃金を増やし、市場を大きくする。アメリカにいくら金をつぎ込んだって、なにも変わらないのは安倍晋三の阿呆がさんざん証明している。