
豪州の海軍が保有している最新鋭のタグボートが経由して実は中国の造船所で造られたものだということがわかったと豪州のテレビABCが報じていた。経由でそんなところに発注されていたことがここまで内密にできていたことそのものにも驚いちゃったけれど、真に驚いたのはたった35年程度で中国の造船所がこんなものを作ることができるようになったことに、もう次元の違う驚きだった。
当時私の上司だった人は戦時中の中国(その何処だったか知らない)の生まれだったそうで、しきりに中国を絡めた仕事ができないかと中国へ出かけた。ついて行ったことがあるのだけれど、上海の造船所に行ったことがあった。なんでそんなところに行ったのかというと、世界銀行案件のエジプト向けタグボートを中国に造らせれば安く作れて売れるんじゃないか、そのうえ中国の造船所にとっても経験になるというアイディアで、それが彼にとっては中国への恩返しになる、という目論見だった。
そのために、私は単身エジプトのカイロへいって、某商社の人に手伝ってもらって世銀の書類を取ってきた。結局、この体制では応札することはできなかった。なぜできなかったのかというと、その中国の造船所に見積もりをやってもらったら、とんでもなく重い船になってしまい、話にならなかった。それはなんでなのかというと、鋼材がなかったのだ。当時思うように製鉄業が発展してなかったから、その時手にしている鋼材だけで見積もるしかなかったのだ。もっとも、技術力がてんで話にならなかったこともある。
いまや、世界の造船業を席巻しているのはもちろん中国である。教えたのは日本の造船業だった。製鉄業も教えたのは日本の製鉄業だった。挙句の果てに中国に良いように振り回されている日本は良い面の皮だ。その場がうまく収まればそれで良い、という方針で80年を渡ってきた挙げ句の果てがこれである。