ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

すぐに飽きる

 小学校の低学年の時から通信簿には「落ち着きがない」と書かれていた。こういうと、俺もそうだったという友人、知人は多い。今の子どもは教室で座っていられないなんていわれているけれど、私はそれを聞く度に「お前もなっ!」といわれているような気がする。で、その延長線上で何かをやり始めても飽きっぽい、という傾向にあるといわれていたんだけれど、今になってそれを思い知る。ひと頃は居ても立ってもいられないくらいぞっこんだったのに、今となってはそんなことを忘れている、というものがいくらもある。
 高校三年くらいから遊びに目覚めてしまった私は当時、あのボウリングに染まってしまったのである。居ても立ってもいられないのである。目黒駅から権之助坂をだらだらと下り、大通りを渡って大鳥神社の傍に目黒ボウリングというボウリング場があった。朝一番(9時だったのか10時だったのか)に行くと一時間600円で投げ放題だった(当時の私のアルバイト代が一日店員をやって600円)。それでぼんぼん放るとひとりで6ゲームを投げることができる。そんなことをしてようやく224点を出したのが最高で、その後どっと盛りになったボウリング・ブームの中、後から始めた奴がどんどん巧くなってあっという間に追い越され、2年ほどですっかりやらなくなった。
 その後はスキーである。金がかかるからやらないと心に決めていたのに、先輩からスキー場のロッジで、人前でバンドを4晩連続演奏するという話が持ち込まれた。とにかく人前で演奏できれば嬉しかった頃だから二つ返事で請け負った。バンドの誰ひとりスキーなんてできない。ひとりだけやれると言い張る奴もいたけれど、いざ現場に行ってみたら全くやったことのない私と大差なかった。しかし、いくらなんでも昼間やることがない。だから板を借りてやってみた。面白いじゃないのというので、そこから首を突っ込んだ。しまいにはワンシーズンに10回ほど行ったスキー場では行くと店長が挨拶にわざわざ来るというくらいの状態になった。就職してからも熱は冷めず、配属先の全く雪の降らない街の大会(長野まで行ってやる)にまで出た。これもまた後からはじめた奴がどんどん巧くなってそいつは業界の全国大会にまで出るようになった。彼らの様子を見ていてあぁかなわないなと思い始めたら、どんどん間が開いていった。最後に滑ったのは1997年くらいだっただろうか。
 1980年代中頃になっていたのだろうか。夏に群馬県の山にでかる時に、秋葉原のニッピンに立ち寄ったら小川テント家型のテントが値下げされていた。こりゃいいやとその場で買って担いで帰った。まだ若かったから全然平気だった。既に家に持っていたダンロップの安い二人用のドームテントと両方を持っていった。三角屋根のバンガローを借りていたのだけれど、面白いからテントを張った。そこからキャンプに目覚めた。連れあいにビニールコーティングされた生地を使ってタープを縫って貰った。さすがにアルミポールはニッピンで買った。集合住宅のゴミ出し場で捨てられている合板の板を拾い、足だけ買ってきて折りたたみ式のキャンプ用テーブルを作る。この趣味はどんどんコアになっていって現地で土を掘って炭焼きの伏せ焼きをしたり、パンを焼いたり、うどんを打ったり、ハイキングに行ったりどんどん深くなっていった。途中である人が遊びに来た時にかつてニジマスを放流したことのある池でフライを振ったら二投目でフックしてしまった。そこから今度はルアーとフライに染まったのだ。裏の川でも竿を出し、しまいにはあたりにニジマスやヤマメを放流して環境庁から怒られた(これは随分前にも書いた)。この趣味は1995年くらいまでは続いただろうか。そこから日本を離れ、海の釣りに転向。ルアーとフライからは全く足を洗ってしまった。しかし、それも日本に帰ってくると全くの話釣りから足を洗うことになった。今や当時のキャンプ用具の基礎的なものは非常時用としてしまわれている。
 音楽的趣味はどうだ。ビートルズが初めて意識したミュージッシャンだろうけれど、実は生まれて初めて買ったレコードは日活映画「独立愚連隊」の主題歌だというんだから、まぁ音楽的センスは期待できない。次に買ったのはブラザース・フォーの「アラモ」だ。ジャズに目覚めたのはお茶の水のジャズ喫茶で聞いたケニー・バレルだけれど、多分それは親しみやすいギターのプレイヤーだったからだろう。オスカー・ピーターソンを良いなぁと思ったのがもう20歳くらいの時で、とても早いとは思えない。当時の先鋭的なジャズを分かるような顔をしていたけれど、実は分からなかった。で、そこから先は全然進歩しない。今でもビートルズは初期のものでないと快適でない。
 ことほど左様に、何をやっても極めたことがない。「誰の前に出ても恥ずかしくない!」なんてものはなぁーんにもない。今になって考えてみると壮大な時間の無駄遣いをしてきたということになる。いや、そうだといったってそれこそ何百年も費やしているわけではないのだから大した時間を過ごしたというこっちゃないのだけれど、ないんだよなぁ・・・。最近は趣味はなんだと聞かれるのが一番困る。ないのだ。
 だから最近の若い人たちが、パソコンにやたら詳しくてメンテができちゃったり、ミュージッシャンのバックグラウンドに大変に詳しかったり、世界のサッカーに通じていたりして昨日の試合の分析ができちゃったり、あれもできちゃったり、これもできちゃったりしているのを見ると、「今の時代は本当に凄いなぁ・・」と舌を巻く。