ほぼ足りてまだ欲 その先

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神様はいるか

f:id:nsw2072:20180926015326j:plain:w360:left いやいや、こんな壮大なタイトルを書いてしまって、おいおい、どうするんだと狼狽えてしまいそうだけれど、実はこの夏に、ふと、そんなことを思ってしまったのだ。もうキリスト教の洗礼を受けてからだって20数年経っているんだから、神様はいると思っていたはずだろうと責められたらどうしようと云うことになるのだけれど、それは突然やってきた。
 
 ハイキングコースというか、トレッキングコースというか、そんなところをほとんど一日おきに歩いていたと思し召せ。ま、二日連続で歩いたときもある。しかし、そんなに日頃から身体を鍛えているわけじゃないし、むしろ怠けているわけだから、ちょっとでも登りがやってくると、よいこいしょ、どっこらしょとかけ声をかけないと、ポールで支えながらでも苦しくなる。で、もう俺には無理だよ、というようなところにやってきて、いやいやながら、ここで夜を明かすわけにもいかないからとそこを超えていくしかない。で、帰り道、だらだらの下りを、ぽっつんぽっつんポールをついて歩いているときにふと思った。なんで、こんな自分が平気でけっつまづくこともなく、互い違いに足を出し、方向を間違えることもないのに、それは自然に動いているみたいで、こう動かすんだ!といちいち思ってもいないのに、バランスをとって動く。言い古された疑問なんだろうけれど、なんでこんなに自然に動くんだろう。そもそも、なんでこんなところに、地図を探しては、ルートを見つけ、その色分けに従って、判断してここにいるわけなのかね。
 神様がこういう作業をすることができる存在を作ったとしか思えないでしょ?それもこんなにコンパクトに作ってある。ちょっとコンパクトすぎて、文句があるって云えばあるんだけれど。「♬さけもいらなきゃ、おんなもいらぬぅぅぅ、わたしゃもすこし、せがほしいぃぃぃ♬」もっとも私が造作を作ったんだったらもうちょっとマシだったかも知れないし、もっと不細工だったかも知れないけれどね。

 ふと目の前の道を見たら、そこを蟻が歩いていて、こいつがまた、下ばっかり見ているんだよね。なんで、上を見上げないんだろう。上を見上げて、何か別の世界に気がつかないようにしているんじゃないかなぁと思ったときに、あれ?おれってなんでそんなことを想像しているんだろうって。
 もっと凄いのは小説を考えちゃう人がいたりするってことなんだなぁ。なんで見たこともないのに、そして、実際言葉を交わしたわけでもないのに、なんでそんなことを勝手に想像するんだろうって。見えないところまで作り込んであるってわけだよね、この人間という種類の生物は。良く出来てんなぁって。不思議でしょうがない。でも、こんなことを言葉にして人前で語り出したら、みんな気持ち悪くなるか、あるいは酒がまずくなる。だから、ここに書くくらいにしておこうと思ったわけだ。
 で、結論なんだけど、「神様はいる」ンだね。お〜、怖っ!