やっぱり「思想と科学」をpdf化して読み始めたら、いや、これはとても面白いのだ。ことに永井道雄が「生活と信条」というタイトルで毎号掲載しているインタビュー記事ははなはだ興味深い。
1月号では石橋湛山に、2月号では国鉄総裁の十河信二、3月号では賀川豊彦とくる。そのあとは風見章、久布白落実と続いた。私にとっては前の3人の名前はいやというほど聞いてきたけれど、後ろの二人については全く知らない。こういう人のことを知ることができるのが、昔の本をもう一度ひもとく大きな意味を持つ。
なにしろ人間というものは簡単に人も事件も忘れ去ってしまい、自分に都合の良いことだけを記憶の中にとっておこうとするのだ。
しばらくこの種の過去の刊行物の中に埋もれ続けているつもり。
1959年というと、私はまだ小学校の6年生で、静岡の清水、それも三保半島からバスで次に引っ越す予定の学区にある小学校へ通っていた。真夏に泳ぐのが面白くってしかたがなかった時代のことだ。
私たち戦後に生まれた人間は、戦争前、戦争に至る道、そして戦争中、戦後のそれぞれの社会の雰囲気であるとか、価値観の変遷であるとか、依るべき社会の柱であるとか、その類のことを肌身を持って体験していないし、知らず知らずのうちに肌で感じたりはしていない。こうしたことは積極的に自分から手を伸ばしてつかみ取ってこないと、手には入らない。入らないから知らなくても良いのかといったら、それがそうでない。周りの人たち、例えば隣の国の人たち、あるいは憎み合ってぶつかり合ったり、未だにそうされたと認識していないけれど、騙されてしまった人たちから見たら、「知らない振り」をしている、あるいは無視している、あるいはバカにしていると見られないとは限らない。
教えてくれなかったから悪くないのかといったら、知らなかった自分が悪いのだということになる。