ほぼ足りてまだ欲 その先

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寿命

 永井荷風という人はしょっちゅうその辺をブラブラしていたらしくて、いくつもの店に「永井荷風が愛用した」という前触れがついている場合がある。例えば「アリゾナキッチン」なんかもそのうちのひとつだった。浅草の馬道と昔のメトロ通りの間の横道にあった。それもついこの前まであった。その「アリゾナキッチン」の創業者はひと頃手広く事業を拡大していて、近所にフグ会館もやっていた。これのすぐ傍に自分の趣味の骨董品を集めて並べておくだけの仕舞た屋だってあったし、まるで昔の向島にあった隠居所のような建物を使った洒落た居酒屋「暮六つ」もあった。しかし、もうそのことごとくが人手に渡ってしまった。三男一女があったが、三男は早くに他界。最後に残ったのが「アリゾナキッチン」だったが、晩年はそれほど混んでいる風情でもなかった。つまり三代目までたどり着かなかったわけだ。こうしてみると、三代目以上に店が繋がっていくというのはなかなか難しい。
 旨い豆腐やもあるんだけれど、あそこも二人の子どもは全く関係のないことをしているようだから、今の代で終わりだ。手仕事を繋げている職人の世界に至っては、次から次に店終いでも致し方がない。東京和楽器が店を閉めると聞いて、一番困っているのはそれぞれに繋がっていた職人だろう。あの世界は、始めから終わりまでひととおりをやっている職人はほとんどいない。それぞれ分業だ。例えば、下駄屋は鼻緒から、いたの見定めから、粗成型から、仕上げまでやりゃしない。そうして考えると、指物師は最初から最後までやるんだからどこまでいってもキリのない作業になる。
 こんなとんでもない状況になってしまって、ますます、自営業は苦境に立っている。政治は現実に知らぬ顔の半兵衛を決め込んで、知らん顔をしている。ますます追い詰められる。日本という国自体が追い詰められている。政治は現実を見ていない。